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    「これを御大典のお祝ひ日に着るんですつて」

    「あれは何でせう、知吉さんといふ人は悪く云ふと娘をひつかけて相沢の家に入りこんだやうなもんでせう」

    房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。

    房一の態度が穏かだつたので、相手はいくらか落ちついた。

    そこには、房一の紅黒い、怒張した顔があつた。いつのまにやつて来たのだらう、徳次はぎゆつと片手で押へつけられたまゝだつた。そして、房一の怒声を聞いた。

    「まあ、それあ――」

    「さう、知つてる、知つてる」

    「しかしお松の生んだ子はほんとうに半之丞の子だったんですか?」

    それは正文にかゝりつけの患家だつた。

    「時に、お宅は鍵屋の分家の後ださうですな。あすこは大分前から空家になつていたと聞いていましたが」

    だが、このはてしのない遠慮深さは気持の悪いものではなかつた。

    この町に一体火事なんて、いつあつたらう。たしか、三年前に一度、そして去年の春さきに小火ぼやが一度、それも藁火が離納屋に燃え移つただけのことで、それだのに殆ど町中がいや近在からも山を越して人が集り、提灯ちやうちんが集り、大変な騒ぎだつた。めつたにないどころではない、他のことは忘れても、この殆ど珍重すべき火事は、そのあつた年も、場所も火元の蒼白な顔も、ありありと覚えこんでしまはれるのだつた。

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